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させていただくという心

金光教の教祖は、その御教えで
「信心するという心におかげはない。させていただくという心になれば、神はつきまとってでもさせてくださる」と教えておられます。

 『自分がする』となると、
自分が自分の能力に自信を持っていて、
自分一人でもするのだという気概に満ちているように聞こえるのですが、
実際にあらゆる物事が自分一人の力で出来るかというと出来ないのですね。

何かことを始めようとした場合には、やはり周囲の人たちの支持を得て、
お手伝いをしていただかなければ出来ないからです。

つまり周囲の人たちに対する気配りや、心配りほど大切なものはないのです。

それでも、『いや、自分がするのだ』と言うとなると、
やはりそこに傲慢不遜なものを感じるし、
『してやっている』という恩着せがましいものを感じるのではないでしょうか。

このことを会社でのこととして考えてみましょう。
会社などでは、先輩、後輩、上司、部下という立場がはっきりしています。

下が上の立場の人に向かって『させていただきます』というのは当然ですからそれはいいとして、
上の立場に立つ人の問題です。
先輩風を吹かせたり威張ったりする人は好感を持たれません。

なぜかというと、
当たり前のことを態度に出せば威張っているように感じるのが人間だからです。
上司であっても部下に心配りは必要なのです。
いえ上司であるからこそ心配りをしなければならないのです。

人が上の人に頭を下げるのは、心から下げているのではなくて立場やその肩書きに頭を下げているのです。

だから、上司として立ててくれない、評価されないと思う時は、
まず「好かれない」原因を自分が作っているのではないかということを見極める事です。

上司であろうと部下であろうと、「させていただく」
という心がなければ仕事はできないのです。

別の表現をすれば、「自分は能力があるから出来るのだ」と考えているのか、
「周囲のおかげで能力を引き出していただいている」と考えるのかの違いなのです。

させていただく、能力を引き出していただいているという謙虚な心になれば、
周囲の人たちが付きまとってでもさせてくださるのだと思います。
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