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八寸のものを一尺にも喜ぶ者には

「願い」という言葉の語源は「ねぎらい」であるそうです。

「ねぎらい」という言葉を辞書で引きますと、
「相手の努力に対して感謝の意を表すこと」とあります。

つまり、「貴方様のお陰でございます。いつもありがとうございます」と、
感謝の気持ちを込めてお礼を言うこと。これがねぎらいであり、
神様に願うことの本質は、正にここにあるのです。

しかし現実には、「願い」というものが、ただ神様にお願いしていることにとどまって、
神様に願っておけばやがては神様からおかげ(御利益)のプレゼントが届くことを
心待ちにしている信心が多いのではないでしょうか。

信心を一所懸命励んだところで、
そのようにただ困った問題を神様にお願いしておかげを受けようというのでは、
難儀の中からただ逃れようとしているに過ぎません。 

このお道はそんなヘナチョコな生き方ではなく、
難儀の中にある自身の中から喜びの心を引き出し、
神様と共に生きて行く道であります。

ただもがき苦しみ、今の問題から逃れようとする生き方ではなく、
「生き甲斐」という火を心に抱いて、元気ハツラツに生きていく道であります。


お道の教えにこのようにあります。
『八寸のものを一尺にも喜ぶ者には、足りぬだけは神が足してやる。』

繰り返し申しますが、何の為に神様に手を合わせに行くのかと言えば、
本来はお礼を言う為に行かせて頂くのであります。

普段当たり前だと思って過ごしていること。
目が見える、耳が聞こえる、話すことが出来る、食べることが出来る、歩くことが出来る…。
多少の不足を抱えながらも、
こうして日々生かされている「いのち」にお礼を申すことが信心の土台となるのです。 

自分に無いものを「くれくれ」と言うのではなく、
自分に有るものに目を向けてお礼を申して行く。
そうしてお礼を申す気持ちを先に立てるところに、神様がお働き下さる。
足りぬだけの分は神様が足して下さる。
ですから人は願うことで助かって行くのです。
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