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神が生まれる

『生神ということは、ここに神が生まれることである』

室町時代に活躍した浄土真宗の僧、

蓮如上人がある田舎町に訪れた時のことです。

糸を紡いでいた老婆が蓮如上人に向かって、

「私は糸を紡ぎ紡ぎ、念仏を唱えております」と言いました。

老婆は心の中で、蓮如上人がきっと満足の意を表されるであろうと期待していたのですが、

蓮如上人からは思いがけない答えが返ってきました。

「婆様、そうではない。念仏を唱え唱え、糸を紡ぎなされよ」

「糸を紡ぎ紡ぎ、念仏を唱える」とは、糸を紡ぐという仕事をしながらも信心を忘れずにいる、

ということですが、蓮如上人はそれではいけないと。

そうではなくて「念仏を唱え唱え、糸を紡ぐ」。

つまり、信心を中心に置いて、糸を紡ぐという仕事をしなさい、と老婆に教えられたのです。


仕事をしている自分がいて、その自分が信心をしているのであっては、

仕事が行き詰まった時、自分自身が行き詰まった時、助かる道はありません。

信心を中心に置けば、神様が中心に居られることになる。

神様が中心に居られて、信心させて頂いている自分が神様の手足となって働かせて頂くのですから、

仕事が行き詰まっても、自分自身が行き詰まっても、それを乗り越える力を与えて頂けるのです。


通例、神様というのは我々人間とは別にあるように思われていますが、

そうではなく、人間の中に現れる神様、生きた神様なのです。

それが人間が迷いや欲に引っかかっているから、神様が現れることが出来ない。奥の方に押し込められている。

それでは助かる道がありません。


「自分がする」ではなく、すべて神様に「させていただく」。

神様のお仕事を自分の手足を使ってさせていただき、

神様の生きておられる生き方を、自分の生活をもってさせていただくのです。

そこにこそ、助かる道があるのです。
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