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神様の御用

『神を使うて、神に使われることを知らず』

世間一般的に、信心とは「自分が神様を信じること」と考えられています。

かく言う私も、長い間そのように考えておりましたので、大変よく分かるのですが、

そのような信心をする人は、

「神様がいるか、いないか。自分がどれだけ神様を信じることができるか」

ということが信心の問題となります。


しかし、そのような考えの人が「神様を信じる」と言ったところで、

自分が神様を信じるのでありますから、

神様というのは自己の神認識の程度を出るものではなく、

信心の中身も自己の性格や考えによって偏ったものとなります。

また神様に向かって深々と頭を下げているようであっても、

それは形だけのことであって、実際には自分の意向が主となり、

自分の願いに合わせて神様に働いてもらおうとしているのが信心の中身なのです。


そのようにして、自分にとって神様が必要な時には、「神様、神様」と言って近づき、

感涙にむせぶこともありますが、必要でない時には忘れてしまうか、あっさりと見切りをつける。

挙げ句の果てには神様に責任を押し付けたりもする。


『神を使うて、神に使われることを知らず』という教えは、

そのような自分本位の信心をする者には天罰が当たるなどということではなく、

そのような信心では本当の意味でその人が助かって行かない、ということを嘆かれた教えであろうかと思うのです。


これまで神様を使うばかりであったならば、

これからは神様に使われるような自分にならせて頂く。

神様に使われることを、このお道では「御用」と言います。


教会で御祈念をし、神様に願ったならば、わが身に神様を頂いて家庭や職場に御用に行かせて頂く。

家庭や職場に難儀があれば、その難儀のある家庭や職場の中に入り込んで、

わが身を使って人を助ける神様の御用に立たせて頂くのです。

これからは人を助ける神様の御用をさせて頂くと心に決めて、自分の生活を通して、

神様の生きておられる働きをさせて頂くことが真の信心なのです。
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