FC2ブログ

客人の身として生きる

 江戸初期に活躍された澤庵和尚が、人間の生き方について次のように遺しておられます。

 「人間、この世にかりそめに来た客人であると思えば、この世の苦労は無くなる。

 望み通りの食事が出てきたら、良い御馳走を頂いたと思って感謝する。

 逆に望まぬような食事であっても、客人の身であると思えば、

 作ってくれた人を褒めて食べることが出来る。

 夏の暑さも、冬の寒さも、客人の身であるから辛抱することができる。

 家族、親族も同じ場所に来た相客だと思えば、

 仲良く暮らして気持ち良く別れを告げることができる」と。

 さて、何故自らを客人だと思えば、腹を立てたり、不足に思ったりせずに過ごすことが出来るのか。

 
 それは、相手に頼ろうとする心がこちらに無くなるからであります。

 お道の教えに、このようにあります。

 『人の心は移り変わりやすいものである。

 その、人を頼りにするから、腹を立てたり物事を苦にしたりすることになる。

 人に向かう心を神に向けよ。』


 頼り合うことが、本当に頼りになればそれでよいのですが、

 「頼ろう」とするということと、「頼りになる」ということは全くもって違うのです。

 信じる心(信心)とは、頼ろうとする心(依頼心)ではありません。

 信じるということは、相手にこちらの思うように動いてもらおうとするのではなく、

 むしろこちらが相手の思うように動きたいと願うことであります。


 本当の夫婦関係、本当の友人関係というものも、

 お互いに頼ろうとするのが主ではなく、こちらから相手の頼りになっていきたいと願うものです。

 そういう人間同士が一緒に生活をして、

 友人となり、夫婦となり、親子となった時に初めて、それが本当に頼りになる関係となるのです。


 自らは客人として、人を頼りにすることなく、

 神様とともに人のお役に立たせて頂けるように手を掌せましょう。

 澤庵和尚が「この世に苦労は無くなる」と言ったことは、決して大袈裟なことではありませんから。

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

ランキングに参加しております!
いつもクリック頂き、        誠にありがとうございます。   アヒルちゃんとネコちゃんを     1日1回ポチッとお願いします。

FC2Blog Ranking 人気ブログランキングへ

お越し頂きありがとうございます!
ご連絡はこちらよりどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
最新記事
カテゴリ
FC2カウンター