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自分を見る功徳

お道の教えにこのようにあります。

『天地の神のおかげで生かしてもらっている者は、

合わせ鏡の間に置いてもらっているようなものである。

悪いことも善いことも、みな鏡に現れるように神様はご承知である。

信心して、真の心にならなければならない。』



この御教えから私たちが頂かなくてはならないことは、

合わせ鏡である周囲の人々の中に善なり悪なりが見えるということは、

自分の中にも、その相手と同じ善なり悪なりが在るということです。


「これだけ信心しているのに、

相手は少しも良くなってくれない。

少しも変わってくれない」

とおっしゃる方があります。

そのお気持ちは察しますが、それでは信心している値打ちがありません。


自分を見ることが足りない間は、

すべて人のせいにして、不足をそこに持っていってしまいます。


人の姿が見えていても、自分の姿が見えていなければ、

半分しか物事が見えていないのです。

不完全な見方ですから、自分の悪さが見えないのです。


それが、自分をよく見ることによって、

相手にばかり求めるわけにはいかなくなる。

自分の中にも同じ我、同じ悪さがあることが分かってくる。


自分自身がよく見えていればこそ、

他の人が悪いところを出しても、

それが我が内にもあることを知っているから、

簡単には責められなくなる、蔑めなくなる。


その心持ち、

「とても人に偉そうに言えるような私ではありません」

と本気で思えた心持ちになってはじめて、それが相手の心に響くのです。


その心持ちがあってはじめて、

何事にも出来る限り自分がさせて頂こうという気持ちが芽生え、

そこから周囲との人間関係も良くなり、環境も変わって来るのです。


努力だけでは、人を責めない人間になろうとしてもなれないものですが、

ただ「自分を見ること」の中に、そうならせていただける力がある。


自分を見ることによる功徳とは、

相手だけが悪いと思っていたことが、

自分も相手も根本的には変わらないことが分かるところから、

相手の悪いところも許せるようになり、

また善いところもよく見えてくるようになることなのです。
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