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信心と仕事

中国の唐の時代に百丈(ひゃくじょう)という禅の高僧がおられました。

その教えで特筆すべきは、
出家者にとって一番重要な修行を「労働」としたところにあります。

禅が頭の中で考えるだけのものにならないようにと、
毎日の修行として、坐禅だけではなく労働を課したのです。

今でこそ、そのような労働は「作務(さむ)」として一般的ですが、
当時はそれまでの戒律に真っ向から相対するものでしたから、まさに命懸けです。

しかし、百丈はこの労働を自ら実践し続けました。

百丈にとってこの日々の労働とは、
食べるための手段ではなく仏の務めを作(な)すものでした。

そのため八十歳を過ぎてもやめようとしません。

やがて弟子たちは師匠の体を案じて
「お休みになったらどうですか」と勧めましたが一向に辞めようとしない。

そこで弟子たちは苦肉の策として、
百丈の仕事道具であった農具を隠してしまったのです。

道具を隠されて働くことができない百丈は、
その日は部屋に戻りました。

弟子たちは「やれやれ、これでよかった」と安心していましたら、
今度は食事をしないと言い出すのです。

そして、驚き戸惑う弟子たちに向かい、
「一日作さざれば一日食らわず」と。

一日仏のすべき務めができなけば、
私は食べろと言われても頂戴できないのだ、と諭したのです。


金光教の教えにこのようにあります。

『神のおかげで生きていられる人間は、日々神のご用を勤めなければならない。
日々勤める仕事は信心の行であるから、
仕事をありがたく勤めれば、日々ありがたいおかげが受けられる』

ふつう信心といえば、宮、寺、お堂など特別な場所で、
特別な作法をもって特別なことをすることのように思われがちですが、
実はそうではないのです。 

会社でのお勤めや、家事や育児といった日常の仕事の中にこそ信心の行がある。

他人に仕え、他人の幸せを追求していくことが、
そのまま自分のためにもなるのです。

日本では昔から、「幸せ」という字を、仕え合う(「仕合せ」)と書きました。

つまり、人に仕えること、仕えようとする心を抜きにしては、
自分の幸せなど有り得ないということを教えているのです。
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