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見た目と中身

一休宗純(いっきゅう そうじゅん)と言えば、
天才的な頭脳の持ち主、「とんちの一休さん」として
誰もが知る人物でありましょう。

また別号「狂雲」とあるように、
金も名誉も否定し、命懸けで禅の道を突き進んだ、
変人とも呼ばれた求道者であります。

その一休さんに、京都のある大金持ちが
自分の父親の葬儀の導師を依頼したときのお話です。

依頼を受けた一休さんは早速、
破れ衣を着て、粗く織ったむしろをかぶり、物乞いの鈴をつけ、
その大金持ちの門前に立ち、布施を求めました。

主人も、まさかその薄汚い坊主が一休さんとは思わず、
「すぐに追い払え」と命じ、召使いが木の棒で一休さんを打ち、
追い払ってしまったのです。

そして葬儀の当日、一休さんは何食わぬ顔で、
今度は金襴の袈裟を身にまとい、再びその大金持ちの門前に立ちました。

すると主人は大喜びで出迎え、
導師の席で食事を食べて頂こうと案内しようとしました。

しかし一休さんはその場を動こうとしません。

それどころか、金襴の袈裟を脱ぎ捨て、
「先日は棒で打たれて追い払われたのに、今日は立派なご馳走。
先日も今日も中身は同じ一休で、違うのは衣だけ。
まさに、今日のご馳走は金襴の袈裟がいただいたようなものですなぁ」
と一蹴し、

『一休も 破れ衣で 出るときは 乞食坊主と 人は言うらむ』

と詠んで、さっさと寺へ帰ってしまったということでした。

人間は生まれた時から、それぞれ才能も違えば容姿も違い、
環境も違えば受ける教育も違うのです。

にもかかわらず、見た目や収入で人間の価値を決めつけ、
軽く見たり見下したりしているようでは、
本当の意味で人間を理解するなど出来はしません。

見た目と中身とは決して同じではないのです。

金光教の教えに、
『人間を軽く見るな。軽く見たら、おかげはなし』
とあります。

人間を見た目で判断しないことを決意してはじめて人は、
どのような人からも学ぶことが出来、
またどのような人をも愛せるように心が広がっていくのです。

そのような心の広がりを持ってはじめて人は
真の信頼と尊敬を得る。つまり人徳を得るのです。
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