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「ありがとう」と「すみません」

金光教の創始者である赤沢文治は、
四十二歳に大病を患うまでは畑を耕す一介の農夫でありました。

文治は幼い頃から親に連れられて様々な神社仏閣にお参りをし、
また大人になってからもあらゆる神仏を尊び熱心に信仰しましたが、

その信仰の中心となったのは、当時常識とされていた
日柄方角を遵守することによって、
神仏に対して無礼のないようにしていこうとする考え方でした。

しかし、そのように定められた日柄方角を
固く守っていたにもかかわらず、
文治の身の上には次々と不幸が重なります。

家族は次々と亡くなり、
飼っていた牛も二頭続けて亡くなっていきました。

いったい何がいけないのか、

いったいどうしたら神仏への無礼を避けることが出来るのか、

いつも神仏に手を合わせ、
何事も日柄方角を調べたうえで行ってきたのに、
それでもなお不幸を避けることのできない
己の無力さに打ちひしがれていた矢先に、

ついには自分自身までもが、
「九死一生」と宣告されるほどの大病の床に伏すことになったのです。

しかし、そこではじめて文治は悟ります。

生きるうえでの無礼というものが、
自分自身の心の問題を抜きにして、
日柄方角を見ただけで済まそうとしてきたこと自体が無礼ではないかと。

どこまでいっても「これで済んだとは思いません」、
分かっているようであって実は何もわかっていない自分であるという、
無知の自覚というものが基となって、
その後、このお道が開かれていくこととなるのです。


いくら人としての生き方が分かったと言ったところで、
自分の思いや行いが百パーセント間違い無いなんてことは有り得ないのです。

だからこそ、常に「すみません」という
心持ちがあるのが、心の本調子なのです。

この「すみません」という心持ちがない時は要注意で、
どこかで心の調子が狂っていて、思い上がった、
醜い心が現れてしまっている時だと考えた方がよいでしょう。

自分が生かされ、恵まれていることに「ありがとう」
という心を保つとともに、
知らず知らずのうちにそのことを忘れ、
自己中心的な考え方をしてしまっていることに「すみません」
という心を保つことが、
心の本調子を保つ秘訣なのです。
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こんばんは

何か心の支え・・・という考え方は個々人であってもちろんいいものだと思いますが、自分と向き合うということを忘れないようにしていきたいと思いました。

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