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今を生きる稽古

その昔、中国に皆喜禅師(かいきぜんじ)
と呼ばれたお坊さんがおられたそうです。

皆が喜ぶ禅の師匠と書きますから、
大変周囲の人々から愛されたわけですが、

何故愛されたのかと言いますと、
皆喜禅師が、とにかく年がら年中明るくて、
何事もいい方に考え、いつも喜んで生活をされたからだそうです。

例えば、天気が良い日は「畑仕事が出来て嬉しい」と喜び、
雨が降る日は「本が読めて嬉しい」と喜びました。

お寺は山の中にあったのでしょうが、
人が訪ねて来れば「世間のことがよく知れて有難い」と喜び、
誰も訪ねて来なくても「静かに座禅ができて有難い」と喜びました。

皆が暑い、寒いと不足を言う日でも、皆喜禅師にかかれば
「季節の味だから、結構なこと」と喜ぶ事柄に変わってしまうのです。

明るい性格はいつの時代も人を呼ぶものですが、
この太陽のような皆喜禅師の周りには、
老若男女問わず、多くの人々が集まってきました。

では、この皆喜禅師という方は生まれながらの楽天家だったのかというと、
実はそうではなく、「喜びに目を向ける」修行をしていく中で、
そのような人間になれたのです。

皆喜禅師はこのように言います。

「過ぎたることは、善悪共に過ぎておるのじゃ。
大切なことは、今を本当に生きることである。
今を本当に生きるとは、
過去を本当に過去のことであると心に決めることである。」
と。

信心とは苦難が一切無くなることではありません。

人が人として生きていく以上は、
苦難にどうしても直面していきます。

しかし、事実として苦難がありながらも、
そのことで心が苦しまなくなる、
その苦難の中に「ありがたい」と思える心が生まれてくることが信心なのです。

金光教の教えに
『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ』
とあります。

「生きる」ということはただ漫然と日々を過ごすのではなく、
何かを生み出して行く働きであります。

今月今日只今(こんげつこんにちただいま)で、
自分の中から喜びを生み出していく稽古をしていくことが、
幸せになる最短ルートだということを、忘れないようにしたいものです。
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難はみかげ

困難に直面すると、心がその事からなかなか離れなくなります。拝読して今までも後になれば、お蔭であった事を思い起こし、良き事を数える稽古を積み重ねたいと感じました。ありがとうございます。
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