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神も人も

中国古典『論語』の中にこのような話があります。

孔子(こうし)がある時、
弟子である顔淵(がんえん)と季路(きろ)に対し、
このように問いかけます。

「おのおの自分の志を述べてみなさい」

すぐさま季路が答えます。

「馬車を持つような身分になっても、
友人には喜んで使わせてあげて、
それによって馬車が傷んでも気にしない。
そのような人間になりたいと思います」

顔淵も続きます。

「自分の善いことを自慢せず、
辛いことや苦しいことは自分が引き受け、
人に押し付けるようなことはしない。
そのような人間になりたいと思います」

今度は季路が孔子に対して、
是非先生の志をお聞かせ下さいと申し出ると、
孔子はこのように答えました。

「老人には安心を与えて、楽に暮らさせてあげたい。
友人には信頼され、交際を全うしたい。
子供には愛して慕われるように導きたい。
そういう人間に私はなりたい」と。

「志」というと、
何か壮大で深遠な理想を考えがちなのですが、
孔子の志はもっと身近で、人間関係に立脚した理想を言っています。

信心する人にも同じことが言えます。

熱心に信仰するのは結構ですが、
その教えを他人に押し付けて、批判したり、傷つけたり
するようでは何のための信心なのか、分かりませんよね。

神をこの天地・宇宙の働きとし、
その神に感謝するというのならば、
身近な人やモノに対しても
感謝を向けていかなければ嘘になります。

金光教の教えにこうあります。 
「神も人も同じこと。
いくら神を拝んでも、
人の心にかなわねば神の心にかなわず。
神の心にかなわねば人の心にもかなわず」
 
教えは本来、人を自由にし、幸せにするものです。

自分が神を信じ、その教えを大切にしたいと思うなら、
周囲の人々と、その人々の考え方も
同じように大切にすべきではないでしょうか。

そのように神も人も同じように大切にする心を
忘れないようにしたいものです。
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