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徳は巡って‥

江戸時代の儒学者、
太宰春台(だざい しゅんだい)の書に
このような話があります。

中国の衛という国の君主が
猟に出かけたときのことです。

道中で一人の老人が「はぁはぁ」と言いながら、
松の苗木を植えているのを目にし、
君主が「おじいさん、歳はいくつだ?」
と尋ねたところ、老人は
「八十五歳になります」と答えました。

それを聞いて君主は笑いながら、
「この松は立派な材木になるだろうが、
おじいさんの生きている間には使えないではないか」
と言いました。

すると老人は松を植える手を止め、
君主をじっと見て、
「木は植えてから百年後に材木として役に立つものです。
自分が生きている間に使えないからといって無駄だとはいうのは、
とても国を治める者の言葉とは思えない。
そのような考えで国が治められるでしょうか。
私は年老い、先の短い身ではありますが、
後の者たちのために木を植えているのです」
と言いました。

これを聞いて君主はすっかり恥じ入り、
「私が間違えていた」と言って、
老人に食事とお酒を与え、労をねぎらったとのことです。

さて、なんとも器量を感じるこのご老人、
後の者たちに遺したのはきっと材木だけではないでしょう。

現代においても、家・仕事を問わず、
立派な後継者を育てるために、
私たちが後の人たちに何を遺すかということは
大変重要な課題であり、また大きな悩みどころでもあります。

金光教の御教えに
「先の世まで持っていくことができ、
子孫までも残るものは神徳である。
…神徳を受ければ、人徳はついて回る」
とあります。

人徳が人に求められ用いられる徳であれば、
神徳とは神に求められ用いられる徳、
お道と調和した生き方と言えます。

後の者に財産を遺すというのも立派なことですが、
それよりも神徳を受け、
人徳を得られるような生き方をすれば、
後の者にも徳を遺すことができる、
と教えられているのです。

いくら物質的な財産を遺しても、
後の者がその財産を当てにして努力を怠り、
身を持ち崩すというのはよく耳にする話ですね。

それに対し、「徳は末代まで」というように、
徳というのは人を介し、巡り巡って
後の者を幸せにしてくれるものなのです。
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