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全ては祈りの中に

京都大学の外科部長であり、執刀医として“ゴッドハンド”と呼ばれた、
青柳安誠(あおやぎ やすまさ)氏は、「手術は祈りである」と言いました。

もちろん、メスを使っての手術には違いないのですが、
青柳氏は執刀する瞬間、必ず神様に祈っておられたそうです。

いくら技術があっても、また簡単な手術であっても、
人間なのだから間違いを起こすかも知れない。

つまり医者として最善を尽くすだけでは、まだ足りないから、
どうぞ、この手術がうまくいきますようにと祈る必要があるというのです。

ビジネスの世界でも、稲盛和夫(いなもり かずお)氏に、
このようなエピソードがあります。

まだ京セラが中小企業であった頃です。
IBMの仕事を初めて受注した際、当時の京セラの技術力では
とても超えられないような難しい注文で、いくら試作を重ねてもうまくいきません。

若い技術者たちも徹夜の連続でついに疲れ果て、泣きだしてしまいました。

そこで稲盛氏は彼らにこう聞いたのです。

「神様に祈ったのか?」と。

神様に祈る、そういう敬虔な気持ちで努力しなければならないのだ、
と技術者たちは受け取り、この難題を見事に乗り越え、
当時まだ弱小零細であった京セラが一大飛躍を遂げていくきっかけとなったそうです。

金光教の教えには、「実意丁寧神信心」という一本の太い柱があります。

実意丁寧とは、思いと行動が親切であり行き届いているということ。

神信心とは、自分の心を神に向け、
「させていただきます」「どうぞ自分を使って下さい」と祈ることです。

この実意丁寧と神信心とがセットとなっている必要があるのです。

「親切であれば良い」「丁寧であれば良い」というものではなく、
かといって「神に祈っていればそれで良い」というものでもない。

「実意丁寧神信心」をいつも心に置いて、
仕事に、家庭に、打ち込みなさいという考えであり、その為の教えなのです。

そうすると、生活と祈りとは別々のものではなく、
生活全体が祈りということになってきます。

医療、ビジネス、自分の役割が何であれ、そこに実意丁寧のベストを尽くし、
祈りの中に生きる姿勢が、大きな徳を呼び込むのです。
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