FC2ブログ

逆境の受けとめ方

『逆境にあって人間の真価が問われる』と言います。

私もそうであったように、大半の人間は逆境に立たされた時、
それを「降りかかってきた災難」として受けとめ、
自分や人を責めたり、悲しんだり、ただ絶望を感じたりしてしまうものです。

日本画家の大石順教(おおいし じゅんきょう)尼も、
耐え難い逆境を体験された方の一人ですが、その受けとめ方は全く違ったものでした。

順教尼は十七歳の時、ある凄惨な大量殺人事件に巻き込まれ、
養父により両腕を切り落とされるという、たいへんな目に遭われました。

しかし順教尼はそんな境遇を嘆くことなく、
口に筆を加えて文字や絵を書くことを習得され生計を立て、
後には出家して他の身障者の自立教育に努め、
『心の障がい者になってはいけませんよ』と言って、
人を助け励ます生き方を模索されたのです。

さらに驚くべきことに、自分の腕を切り落とした、
憎んでしかるべき養父の墓を建て、
『嫌な役回りを果たす養父がいたから、私は幸せになることができた』と、
墓前に手を合わせるのでした。

そんな順教尼は「日本のヘレンケラー」とも称され、
他界され四十年以上たった現在でも、人々に夢と希望を与え続けています。

このような生き方を学ばせて頂くと、逆境への見方も180度変わってきます。

もしかすると逆境というのは、一人ひとりの持ち味や、
秘められた力を開花させるために与えられたものとも受け取れるのではないかと思うのです。
事実、何らかの事を成し遂げた人物の歴史をたどると、みんな逆境から始まっているのが分かります。

信仰的に言えば、その人物にしかできない何かを達成させるために、
神様が差し向けて下さったものということになります。

つまり、逆境というものは「降りかかってきた災難」ではなく、
「貴重な機会」とも受けとめることができるのではないでしょうか。

程度の違いこそあれ、どんな人にでも逆境について考える機会が訪れるでしょう。

その際、順教尼はじめ逆境を福に転じた偉人たちのことを思い出して頂きたいと思うのです。

その逆境を越えた先には、自分にしか出来ない何かがある筈ですから。
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

ランキングに参加しております!
いつもクリック頂き、        誠にありがとうございます。   アヒルちゃんとネコちゃんを     1日1回ポチッとお願いします。

FC2Blog Ranking 人気ブログランキングへ

お越し頂きありがとうございます!
ご連絡はこちらよりどうぞ

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
最新記事
カテゴリ
FC2カウンター