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道に迷ったときには

「継続は力なり」と昔から言われるように、

世の中のどのような分野においても、その道の成功者と呼ばれる人は、

成功と失敗を分ける要因に「継続力」を挙げておられます。


自ら決めたことを一貫して続ける、ただこれだけのことなのですが、

肉体的な事であれ、精神的なことであれ、これが何より難しい。 


続けようとする力が働けば、必ずそれを止めようとする反作用の力がかかるものです。

その最たるものに「不安」という感情があります。

成果が出ず、先行きも見えない時、不安に襲われ、元いた場所へ引き返そうとする力が働くのです。

実はこうした不安に襲われる時こそが、物事を継続する上での一番の難所であると言われます。


このお道ではこうした難所を「お試し」と呼びます。

自分が本当により良くなれるかどうか、神様から試されている時なのだということです。


日本初の林学博士であり、「蓄財の神様」とも呼ばれた本多静六(ほんだ せいろく)は、

登山家としても知られ、人生を登山になぞられた教えを数多く遺されています。


山で道に迷い、地図や磁石も使えず、

最も確かだと思えるところまでも下ることさえ出来ない最悪の状況においても、

助かる方法がまだ一つ残されていると。


それは、杖をころばした先でもなんでもいい、

ある一定の方向を目指して引き返すことなく突き進め、というものです。


突き進むことができない人は、難所にあう度に引き返し、

同じ場所を右往左往して結局倒れることになってしまうからです。人生もまた然りと。


何か心に決めたことがあるなら、どんなに馬鹿を見ても、断乎突き進んでみる。

「馬鹿正直」でも、実際にやり通していくうちに徳が身につき、

「馬鹿」が外れて「正直者」となって、人から求められるようになります。


それを途中で馬鹿らしく思って不正直な事をすれば、

「正直」が外れて「馬鹿者」だけが残ってしまう。 


難所こそ自分が試されている時なのです。

そこで引き返すことなく一歩ずつ進み続けることが出来れば、人里の明かりが見えてくるのです。

無駄事はなられない

お道の教えに、このようにあります。

『神は、人間を救い助けてやろうと思っておられ、このほかには何もないのであるから、

 人の身の上にけっして無駄事はなされない。

 信心しているがよい。みな末のおかげになる。』


生身で生きているのですから、痛い辛いがあるのが人生であります。

困難が無い人生なんて在り得ないでしょう。

しかし、その困難の中に、神様の御心を見出すのが信心であります。


神様が可愛い可愛い氏子に対し、わざわざ氏子が困るようなことを差し向けておられるのです。

ですから、こちらとしては、その差し向けられた困難の中にある、

神様からのプレゼントをしっかりと受け取ろうじゃありませんか。


苦しみや悲しみというのは、その時は一生続くような気がするものですが、絶対続きません。

天気を見ても明らかなように、すべて移り変わっていくのです。


「人間の本当の幸せとは、人生で出逢う苦難を、自らの心が乗り越えた先にある。」

このことをいつも心に留めておかなければなりません。


苦難が、人間を大きく成長させるための尊い縁となる。

苦難を通して、自らの「いのち」の根が深くなり、

よりしっかりとした人生を送ることが出来るようになるのです。


現実を変えることが出来なくても、悩みに対する心の持ち方を変えることはできます。

過去の出来事を捨て去ることはできなくても、とらえ直すことはできます。

結局のところ、出来事自体には良い悪いはなく、受け取る側の心にだけ、良い悪いがあるのです。

良いも悪いもないのであれば、「神様は決して無駄事はなられない」と、

有難く受け取る心を育てていきましょう。


有難く受け取ったその第一歩が幸せな人生へと通じている。

ですから信心する人は、神様から差し向けられた今の一瞬一瞬を、

嬉しく楽しく有り難く生きていくことが大切なのです。

どうにもならないと思う時にでも

約四百年前の中国・明の時代に書かれた、

『菜根譚(さいこんたん)』という書物に、このような言葉があります。


「口乃心之門(口はすなわち心の門なり)」

食物と言葉の出入口である我々の口は、実は心の出入口でもあるのです。

この口を慎重に守らなければ、心というものは気付かぬ内に洩れ出て流されてしまう。

ですから「心の門」である口にいつも注意を払いなさい、と教えたのでしょう。


また、門(出入口)というからには、口から出た言葉が、

やがて返ってくるという意味も込められているのでしょう。


昔から言霊(ことだま)という言葉があるように、一度発した言葉には魂が宿るものです。

そしてその言葉は後に、言葉を発した人の心、大きく言えばその人の人生をもつくりあげて行くのです。


つまり、一度自分が言った言葉は、やがて必ず自分のもとに返ってくるのです。

いよいよ心の門である口の扱いが大切になってまいります。


しかし、そうは言っても人間でありますから、

ついつい感情が口からこぼれそうになる。

その感情が感謝や喜びであれば問題無いのですが、

不足や怒りであっては、その後の人生をも台無しにしかねません。

そのような時、どのようにすればよいか。


お道の教えに、このようにあります。

『どうにもならないと思う時にでも、わめき回るようなことをするな。

じっと眠たくなるような心持ちになれ』


心が乱れ、今にも口から愚痴や不足、泣き言がこぼれようとする。

そういう時こそ、じっと眠たくなるような心持ちになりなさいと。

それがわめき回りたくなる状況から抜け出す唯一の道であります。


口を開けば感情に流されやすい。

感情を口に出してしまえば、その言葉に流されてしまうお互いであります。


ですから、心の門である口をしっかりと守り、

時には鍵を掛けて固く閉ざすことも大事なのです。


人や物事を責めようとする「思い」をそのまま口に出さず、

静かに神様へ向けていくことが、門番として心得るべきところであります。

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