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顔を見ればお里が知れる

人相学という学問があるくらいですから、
人は生まれてから今日までの
生き方や考え方による人生が必ず顔にあらわれます。

お里が知れるという意味は、
その人の素性や育ちが分かるということで、
その人の顔や言葉遣いによって、
それまでどういう人生を送ってきたかが分かるのです。

不平・不満・愚痴・泣き言・文句・悪口を言いながら生きてきた人は、
必ず顔にあらわれているのでわかります。

それほどに、人は育った環境によって大きく違いが出るのです。

とくに赤ちゃんは、胎内にいたときから、
お母さんの心の状態の影響を直接受けます。

金光教祖は、
「母親は胎内の子供に心を生みつけるのである」
と教えられました。

母親の言葉遣いや精神状態が、
子供の心を作りあげていくということです。

子どもは、赤ちゃんから大人になるまで、
朝も夜も両親の言葉や態度、行動を見て育ちます。

子どもにとって両親は絶対な存在なのです。
とくにそういうことを感じるのが、
毎日のように起きている幼児虐待のニュースを見るときです。

どんなにいじめられても、どんなに暴力を振るわれても、
どんなに食べ物を与えられなくても、
子どもは絶対に親についていきます。

子どもは絶対に外に助けを求めません。
子どもにとって両親は絶対だからなのです。

そうだからこそ、0才からの育った環境で、
性格や体型や人生が決まるのです。

妊娠中から大人になるまで、
両親はどれだけ子どもの人生に影響を与えるか計り知れないのです。

子どもの人生は両親の育て方に強く影響を受け、
その子どもの人生は顔にあらわれます。

だからお腹に赤ちゃんが宿った時は、
自分の子どもだなんて考えてはいけません。

神様の子が宿ったのだから大切に育てさせて頂こうと
いうふうに考えなければならないのです。

子育てするときは、親としての責任を自覚しなければなりません。
また、子育ての中で子どもに何を教えるかが大切なのです。

また子どもの性格や子どもの人生は『食事道』が重要です。
今日食べる物が明日の体になり心を作りあげていくからです。

あなたの夢

あなたはどんな夢を持っていますか?

「夢なんて持てませんよ」なんて言わないで、
たった一度の人生なのですから、
いくつもの夢を実現しながら
人生を終わらせてみてはいかがでしょうか。

今の日本人の平均寿命から言うと、
人生は約三万日くらいのものです。

あなたが今おいくつか分かりませんが、
残る人生の生き方を、今一度考えてみましょう。

私は「夢」の実現には二通りあると思うのです。

一つは社会の中でのこと。
仕事を成功させたり、財産を築いたりというようなことです。

もう一つは人生の中で生き甲斐を感じたり、
生きる確かな喜びを得たりすることです。

いくつもの夢を実現すると言うことは、
この二通りの夢を実現することであります。

社会の中で世俗的な夢は叶ったが、
生きる確かな喜びを感じられなければ、
どこか空しさが残ります。

仕事に生き甲斐を持っていても、
経済的に恵まれなければ、それもどこか空しさが残ります。

この二通りの夢を叶えるのは、
あなたの心構えと信仰心を持つことです。

あなたはどのような老後を過ごしたいですか?

家族や他人から邪魔者扱いされながら生きたいですか。
それとも、あなたに会いたい、
お話が聞きたいと求められるような生き方をしたいですか。

もしあなたが自分の夢を叶えたいのなら、
出会った人に『受け入れられること』と、
出会った人の『お役に立つこと』から始めましょう。

宇宙の法則では、まず「出すこと」が先です。

自分が出来ることを、
まず相手にさせて頂くことが先なのです。

自己中心的な人に神様は味方にはなって下さらないのです。

出会った人に時間を上げること、
出会った人に労力を惜しまないこと、
思いやりを上げること、
心配りをしてあげること、
それをまず自分から与えることです。

人間は幸せになろうとしたって、
幸せにはなれないのです。

どうしたら幸せになれるかというと、
人様が喜ぶことをしていけば幸せになれるのです。

同じように、自分の夢を叶えたいのなら、
出会った相手の夢を叶えるお手伝いをすることなのです。

出会った人から
「ありがとうございます。感謝します」と言われた時に、
あなたの夢が叶う時が限りなく近づいています。

許しのレッスン

武道の練習中に、相手の攻撃によって脳を損傷し
重大な後遺症を負ってしまった方がおられます。

不運な巡り合わせとしか言いようがないのですが、
問題はその後でした。

相手も、またそこの道場長も事故の責任を
その方になすりつけてきたのです。

それどころかその場に居合わせた人たちにも、
口裏を合わせるよう働きかけたのでした。
あまりにも卑劣な対応でした。

過去の出来事があまりにも辛くて、
悲しくて、悔しいことが起きたとき、
それをそのまま自分自身に受け入れると心が耐えられないために、
相手を非難したり、恨んだり、憎むことによって自分の心を守ります。

それは、潜在意識が自分自身の心を守るために
防衛本能としてそのように働くのです。

自分自身の心を破壊させるくらいの強力な出来事ですから、
当然心の傷は計り知れない深い傷になります。

本来人間は、愛のかたまりでありますから、
そういう理不尽な目に遭ったとしても、
どこかで相手を許したいという気持ちはあるのです。

でも、そういう気持ちが起きても、
あまりにも傷が深いために、なかなか許すことが出来ない。
考えてみればそれがごくふつうの感情でしょうね。

自分にとって身に覚えのない理不尽な目に遭うこと、
それを金光教祖は「めぐりの取り払いである」と仰います。

言い換えますと、自分にとっては覚えのない過去の清算であり、
遠い過去からの業(カルマ)という借財を返済することだというのです。

世のほとんどの人にとって
一生のテーマの一つが『許し』のレッスンです。

多くの人が、許せない人、許せないことを
多かれ少なかれ持っています。

それらを許すというレッスンが人生最大のテーマなのです。

なぜ人は、そういうレッスンを課せられているのでしょうか。

それは、自分の心をきれいにするためです。

めぐり(業)によって汚れた心は
恨んだり憎んだりするのが得意なのです。

そういう心を、許すというレッスンを通じて
きれいにしていくことが、この人生のテーマなのです。

許すことによって心をより美しくしていく。
そのためには感謝の心と実践しかないのです。

その方は今、必死でそのレッスンの取り組んでおられます。
そしていつかきっと、人生の一大テーマをクリアーされると私は信じています。

徳がこの世を決める

人間の値打ちを決めるのは徳であります。

徳というのは、人に真理の道を体得させたり、
施しを与える行為を指します。

そういうことが出来る人を徳のある人といい、
一言でいいますと、「人の喜ぶことをする人」と言えます。

徳を身につけると、
健康になる、難儀なことを回避できる、願うことが叶う、
人を幸せに出来て自分も幸せになると良いことばかりです。

だから、徳の有る無しによって
人生が大きく変わってしまうのです。

徳を積むための方法としては、
善い想念を持ち、善い言葉を使い、善い行いをすることです。

ここで言います「善い」というのは、
道徳でいうところの善だけではありません。

ここで言う「善」とは、感謝が土台になった善です。

深い感謝から湧き上がってくる想念、
生かされて生きている有り難さが言葉からほとばしり、
その御恩に報いるための行いのことを善といいます。

この世には「他人のためにしたことが、自分に返ってくる」
というシステムがあります。

もちろん、困っている人に一万円上げた。喜んでもらった。
じゃあすぐに何万円か予期せぬ収入があるかといえば、
そんなに単純なものではありません。

しかし、このシステムは、東西を問わず昔からあったものです。

キリスト教では収入の一割を差し出せば、
何倍にもなって返ってくるという教えがあります。
仏教では、布施という概念があります。

金光教でも、氏子が真から供えたものを神はただ取りはせぬ。
一粒万倍にして返してやるという教えがあります。

つまり、天地に供えたものは天地が返してくれるということです。

「他人のためにしたことが、自分に返ってくる」
ということが人徳なら、
「天地のためにしたことが、自分に返ってくる」
というのが神徳ということです。

この世は、この循環の法則に外れるものは一切ありません。

上げたものは下がってくるし、
出したものは返ってくるのです。

それも、感謝して出したものは
感謝できるような事柄で返ってくるのです。

そして出すものといえば、
すべて天地から与えられたものばかりです。

健康な人は汗を出して奉仕する。
知恵のある人は知恵を出して奉仕する。
お金のある人はお金を出して奉仕する。

与えられたもののあまりを感謝の心で出すこと、
それが徳積となるのです。

そう考えると、私たちが持っているものは、
もともと与えられたものばかりなのですね。
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