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時節に任せよ

広田弘毅(ひろた こうき)は、
内閣総理大臣を務めた近代のすぐれた政治家として、
また第二次大戦後にA級戦犯として
文官でただ一人絞首刑に処さられたことでも有名です。

彼は若い時から優秀な外交官として認められ、
昇進も早かったのですが、
四十八歳のとき、当時の外務大臣によって、
外務省欧米局長の要職からオランダ公使の閑職に左遷されます。

左遷の知らせを聞いた友人たちは驚き、
彼を慰めたり、励ましたりしましたが、
当の本人である彼自身はきわめて平然としており、
逆に友人たちの激情をなだめ、気さくに俳句を吟じます。

「風車(かざぐるま) 風が吹くまで 昼寝かな」 

風車は風が吹かないと回らないものですが、
彼は自分の境遇をそんな風車になぞらえて、
機会という風が吹くまで、昼寝でもするかのごとく
ゆっくり待とうじゃないかと言ったのです。

彼の凄さは、政治的手腕もさることながら、
このような逆境に対する心の持ち方にあったと言えるでしょう。

そうして、オランダ公使4年の間に力を蓄え、
やがて外務大臣、内閣総理大臣へと出世していくこととなるのです。

金光教の教えに、
『打ち向かう者には負けて、時節に任せよ』
とあります。

何かできる時には、そのことを精一杯させて頂けばよいですが、
どうにも出来ない時には何もしないで機が熟するのを待つ、
風が吹くまで待つことが、一つの大切な仕事となるのです。

そこで時節に任せるとは、
ただ時間が経つのを待てばよいというわけではありません。

人と争ってでも自分を保とうとする、
自分勝手な考えや仕方をやめてしまって、
昼寝でもするかのごとく、成り行きに任せることが大事なのです。

すべての物事には、やがては調和へと向かう働きが自然に備わっています。

時節に任せるとは、その調和に向かう働きを自ら乱さないことであって、
自分の体力や思考力を充実させるために恵まれた時間として、
有り難く休ませて頂けばよいのです。

またそのような心の余裕が、
逆境を強みに変える手助けとなるのです。

頼りにするから、腹が立つ

澤庵(たくあん)和尚は、
江戸初期の臨済宗の僧であり、
また「たくあん漬け」の公案者としても有名です。

その澤庵和尚が人生を上手に生き抜く秘訣を、
このように言っておられます。

「この世に旅の客として来ている身であると思えば苦労はなくなる。
 望み通りの食事が出てきたら、
 良い御馳走を頂いたと思って感謝する。
 逆に望まぬような食事であっても、
 客の身であるからつくってくれた人を褒めて食べることができる。

 夏の暑さも、冬の寒さも、
 客の身であるから辛抱することができる。
 
 家族、親族も相客だと思えば、
 仲良く暮らして気持ち良く別れを告げることができる」と。

さすが澤庵和尚、面白い発想をされますね。
要するに、自分を含め出会う人すべてを客同士だと思えば、
不平不満、争いごともなく、軽やかな人生をおくっていけるというわけです。

さて、ではなぜ客同士だと思えば、
腹を立てたり、不足に思ったりせずにいられるのでしょうか。

ここがとても肝心なところです。

それは、相手に頼ろうとする心がこちらに無くなるからなのです。

客同士なら、相手がこちらの思うようにしてくれなくても気になりませんし、
少々のわがままにも目をつむることができるものです。

しかし、こちらが相手を頼っているのならそうはいきません。
相手がこちらの思うようにしてくれないことが不足に思え、
腹を立てもすれば、悲しんだりもすることになるのです。

金光教の教えにこのようにあります。

『人の心は移り変わりやすいものである。
 その、人を頼りにするから、
 腹を立てたり物事を苦にしたりすることになる。
 人に向かう心を神に向けよ。』

家族であれ、友人であれ、
本当に良い関係というのは、お互いに頼ろうとしないものです。

相手に頼ろうとしないで、
むしろこちらが相手の頼りとなっていけるようにと願っていくのです。

そういう人同士が、家族となり、友人となった時に
はじめてそれが本当に頼りになるのだということを、
忘れないようにしたいものです。

「ありがとう」と「すみません」

金光教の創始者である赤沢文治は、
四十二歳に大病を患うまでは畑を耕す一介の農夫でありました。

文治は幼い頃から親に連れられて様々な神社仏閣にお参りをし、
また大人になってからもあらゆる神仏を尊び熱心に信仰しましたが、

その信仰の中心となったのは、当時常識とされていた
日柄方角を遵守することによって、
神仏に対して無礼のないようにしていこうとする考え方でした。

しかし、そのように定められた日柄方角を
固く守っていたにもかかわらず、
文治の身の上には次々と不幸が重なります。

家族は次々と亡くなり、
飼っていた牛も二頭続けて亡くなっていきました。

いったい何がいけないのか、

いったいどうしたら神仏への無礼を避けることが出来るのか、

いつも神仏に手を合わせ、
何事も日柄方角を調べたうえで行ってきたのに、
それでもなお不幸を避けることのできない
己の無力さに打ちひしがれていた矢先に、

ついには自分自身までもが、
「九死一生」と宣告されるほどの大病の床に伏すことになったのです。

しかし、そこではじめて文治は悟ります。

生きるうえでの無礼というものが、
自分自身の心の問題を抜きにして、
日柄方角を見ただけで済まそうとしてきたこと自体が無礼ではないかと。

どこまでいっても「これで済んだとは思いません」、
分かっているようであって実は何もわかっていない自分であるという、
無知の自覚というものが基となって、
その後、このお道が開かれていくこととなるのです。


いくら人としての生き方が分かったと言ったところで、
自分の思いや行いが百パーセント間違い無いなんてことは有り得ないのです。

だからこそ、常に「すみません」という
心持ちがあるのが、心の本調子なのです。

この「すみません」という心持ちがない時は要注意で、
どこかで心の調子が狂っていて、思い上がった、
醜い心が現れてしまっている時だと考えた方がよいでしょう。

自分が生かされ、恵まれていることに「ありがとう」
という心を保つとともに、
知らず知らずのうちにそのことを忘れ、
自己中心的な考え方をしてしまっていることに「すみません」
という心を保つことが、
心の本調子を保つ秘訣なのです。

それもまたよし

よく「あの人は器が大きいから、人の上に立てる」
とか「あの人は仕事は出来ても器が小さいからダメだ」
という言葉を耳にしますよね。

それでは、人の器とは一体何によって決まり、
またどのようにすれば、大きくすることができるのでしょうか。

茶道を大成させた千利休(せんのりきゅう)の
孫の宗旦(そうたん)という方を例にとって、お話したいと思います。

ある日、宗旦と親交のある和尚さまが、
寺の庭に咲いた「妙蓮寺」という銘のある椿の一枝を
小僧に持たせて、宗旦のもとへ届けさせました。

しかし、椿の花はもろく落ちやすいものでありますから、
気をつけていたものの、途中で花を落としてしまい、
小僧は宗旦にこのことを、自分のそそうでありますと深く詫びました。

すると宗旦は、怒るどころか、
この小僧を茶席に招き入れ、
銘入りの竹の花入に小僧の持ってきた花の無い椿の枝を入れ、
花入の下に落ちた花を置きました。

そして一言、「ご苦労様でした」とニッコリ笑って、
小僧の労をいたわって帰したということです。

さすが茶の道を極めた方は違いますね。
花を落とした小僧を許し、
落ちた椿をも「落下の風情」としてそこに美しさを見出す。
なんと器量の大きい、ユーモアと人情味にあふれた態度でしょうか。

金光教の教えに『何事も、承服いたせば安心なり』とあります。 

信心をするということは、心が大きくなることであります。
自分の好き嫌いで物事を受けとめようとしないで、
起きてくることは全て神様の差し向け、
そこに自分にかけられた願いを受け取ろうとするから、
自然と心が大きくなり、「それもまたよし」と思えるようになってきます。

普段、「こうでなければならない」と決めつけていることが、
どれだけ自分や人の心を縛り、自由を奪っていることやら分かりません。

しかし、そもそも「こうでなければならない」ことなんて、
実は何一つ無いはずなのです。

「それもまたよし」と承服する心を身に付けましょう。
そうした心の余裕は、必ずわが身に徳を授け、
人間の器を大きいものにしてくれるのですから。
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