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頼りにしない生き方

よく「信心する人は、弱い人間だ」
という言葉を耳にします。

確かに世の中には信心と称して、
とてつもなく高価な壺や掛け軸などを買い、
その見返りに自らの幸福を得ようとする人がいらっしゃる。

人や物、お金など何かに頼らない限り
自分自身が助からない、幸福にはなれないものだと
思い込んでおられるわけですから、
なるほど人から「弱い」と言われても仕方ないでしょう。

しかし、そういうものを信心とは呼びません。

信心というのは、
何か自分の都合をよくしてもらうことではありません。

それは頼る心であります。 

私たちの頼りになるものを作ったり、
頼る心を増長させることを信心とは呼びません。

頼る心を増長させるのでは、
本当に人を助けることにはなりません。

人や物、お金や名誉などに頼らなくとも
自分自身がふらつかない。
そういうものが自分に一切無くても、
有難い心が定まっている。

そのような本当にしっかりとした人間に
なっていく道を行くことが、信心をするということです。


では、信心しないとどうかと言えば、
やはり人や物、お金や名誉などに頼ってしまいがちなのです。

人を責めたり、人に腹を立てたりするのは、
人を頼りにしているからです。

物やお金、名誉が無いと寂しくて、
愚痴や不足を言うのは、それらを頼りにしているからです。

自分自身が頼りないものだから、
人に親切にしてもらわなければ
自分自身が立ち行かない。

物やお金、名誉が
よりたくさん自分の手元に無ければ
自分自身が立ち行かないと思い込んでいるのです。

これは、私がまさしく
そうでありましたからよく分かります。 


信心とは、人や物などに頼らなくても、
誰しもに自分自身が幸福に生きるために
必要なもの全てを生み出す尊い力が与えられていること、
神と自分とは共にあるということを、知ることなのです。

金光教の教えに
『わが心でわが身を救い助けよ』
とあります。

何かに頼ろうとする心を捨て、
有り難きものは全てわが内、わが心から
生まれるものであることを知り、
そこを目指して歩いていく生き方が、
本当の幸福を約束してくれるのだと信じます。

天命を知る

中国古典『論語』に、
孔子(こうし)が自らの人生を語った
言葉の一節にこうあります。

「吾れ十有五にして学に志す。
 三十にして立つ。
 四十にして惑わず。
 五十にして天命を知る。」

さて、多くの方がこの「天命を知る」、
天によって定められた自分の運命を知る境地
を目指され、日々修養されているかと思いますが、
それは具体的には一体どのような境地、生き方なのでしょうか。

孔子や論語と聞くと、
人間の道徳に関する教えであるかのように
一般的には言われますが、

「天命」というからには、
そこに天、神、仏というものがしっかりとある。

教えを学んでいくと、
そこに宗教というものがあるということが分かってきます。

と言っても、宗教という言葉は最近出来たものであって、
孔子が生きた時代には、
今のように「宗教」と「道徳」とは
切り離して論じられるべきものではなく、
二つを合わせて「道」としていました。

実際に孔子自身も、十五歳から四十代までは
学者的な生き方をされ、
人から様々な話を聞き、万巻の書を読んで、
知識に基づいて「四十にして迷わず」の域に達せられました。

しかし、五十代になり道というものの本質に
近づいて行くにつれ、
人や書を越えた、天との関わり合いの中での
人間の生き方というものを求めていかれるようになったのです。


金光教の教えに
『神を信じる者は多いが、神に信じられる者は少ない』
とあります。

「信じられる」ようになるということは、
相手に自分の願い通り動いてもらうのではなく、
むしろこちらが相手の願い通り動こうとすることであります。

それには、起きてくる出来事を全て
「与えられた」ものとし、
人であれ、仕事であれ、目の前のことすべてに、
人間として出来る限りの誠実さでもって当たることしかありません。

「天命を知る」とは、
自分の特別な才能、能力に気付くということではなく、
自分に与えられたものを全て天の恵みとして
受け取り用いていく中に、
自分というものが活きてくるということを知ることなのです。

生きる用意をせよ

曹洞宗の開祖である道元(どうげん)禅師に、
弟子がこのように尋ねます。

「人間は皆仏性(ぶっしょう)を持って
生まれていると教えられましたが、
仏性を持っているはずの人間に、
なぜ成功する者としない者がいるのでしょうか?」
 
すると、道元はこう答えました。

「教えてもよいが、一度自分でよく考えてみなさい」

そこで弟子は一晩真剣に考えてみたのですが、
やはり分かりません。

そこで再び道元禅師に尋ねたところ、
このように答えました。

「それならば教えてやろう。
成功する者は努力する。しない者は努力しない。
その差である」
 
弟子はすっかり納得し、大喜びしました。
しかしその晩、新たな疑問が湧いてきました。

仏性を持っている人間に、
どうして努力する者としない者が出てくるのだろうか。

そこでまた翌日、道元禅師にそのことを尋ねました。
するとこう答えました。

「努力する者には志がある。しない者には志がない。
その差である」

弟子はまた納得し、喜んで帰りました。
しかしその晩、またまた疑問が湧いてきます。

仏性のある人間にどうして志がある者とない者があるのか。
弟子はまた尋ねます。するとこう答えました。

「志のある者は、人間は必ず死ぬということを知っている。
志のない者は、人間が必ず死ぬということを本当の意味で知らない。
その差である」
 
何事も成功するには、志を持ち努力する必要があるが、
そのためには死というものを知る、
つまりこの人生が有限であるという、
切実さを持たなければならない、

そのように弟子に諭したのであります。


金光教の教えに
『死ぬ用意をするな。生きる用意をせよ』とあります。

死に対する覚悟とは、
安心して死ぬために定めるものではありません。

死に対する覚悟がなければ、
生きている間も何事に対しても覚悟が定まらないから、
死に対して覚悟を定める必要があるのです。

切実に全力を尽くして今日という日を送るなら、
死ぬという事実もいつかの今日の出来事でしかなく、悔いは無い。

そういう生きる用意をしたいものです。

正しい処で待つ

鹿児島・薩摩にはかつて
「郷中(ごちゅう)教育」と呼ばれる、
武士階級の子弟教育法がありました。

その特徴は、町内の子供たちの中で一つの組織をつくり、
年長者が若年者の先生役として指導するというものですが、
その指導方法とは言葉によるものではなく、
行動によって手本を見せるというものでした。

西郷隆盛(さいごう たかもり)も、
この独自の教育方法の中で育った一人であります。

その西郷が鹿児島に私学校を開校するにあたり、
校長には、西郷と同じ郷中に育った後輩である
篠原国幹(しのはら くにもと)を選び、その教育を託しました。

さっそく篠原は私学校の教育体制を整えようと考え、
西郷にこう尋ねます。

「私学校の校則はどのようにしましょうか?」

すると西郷は篠原をじっと見返し、
一言言いました。

「お前が校則になれ」

生徒は教師を見習うものですが、
その教師が見習うのはその上司である校長に他なりません。

校則を条文として書くことよりも、
まずは自ら模範となってやってみせよ、
そのように西郷は諭したのです。


家庭でも会社でも、自分が上に立ってみると、
相手を指導するにも自分の権限を利用して、
ついつい言葉に頼ってしまいがちです。

そして偉そうに言う割には
自分も出来ていなかったりすることがあるので、
相手にも本当に正しいことが伝わらないのです。

言葉で言うのは簡単ですが、
いざ行動に現すとなると大変難しい。
それは相手も同じことです。

金光教の教えに
『子の頭を叩くより、
親である自分の頭を叩けば、すぐおかげになる』
とあります。

誰かと待ち合わせするのでも、
自分が間違った場所にいては、
いつまでたっても相手と会うことは出来ないでしょう。

自分が約束通りの正しい場所で待っているのであれば、
たとえ相手が遅れたとしても、
いつかは必ず会えるものです。

相手に正しい処に来て欲しいと願うならば、
こちらが正しい処で待つしかありません。

自分が正しい処にいるかどうかに対して
厳しくなるということが、何よりもの教育になるのです。
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