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悩むのは悪いことか?

ストレス学の第一人者であるハンス・セリエ博士によると、
ストレスには「悪いストレス」と「良いストレス」の2種類があるそうです。

悪いストレスが人を心身共に疲れさせ、
うつや胃潰瘍の原因となるのに対し、
「良いストレス」は人を奮い立たせる刺激となり、
免疫系を支え、寿命を延ばし、人生の喜びを増してくれるのだそうです。

そして、ストレスを「悪いストレス」にするか、
「良いストレス」にするかは、他でもない本人の受け取り方・
心のあり方に寄るものが大変大きいということです。

今日は日頃私たちが受けるストレスの中でも「悪いストレス」になりがちな、
「悩み」というものに対して、どのような受け取り方をすればよいのか? 
考えていきたいと思います。

そもそも、何故人は悩むのでしょうか?
 
私たちが無意識であれ、『こうしたい』『こうなりたい』と願望を持つと、
その実現に対して自分にとって足りないものを必ず見せられることになります。

その願望と現実とのギャップから「悩み」が生じるわけですが、
これは人間にとって必要不可欠な心の働きのひとつなのです。

例えば、人は誰しも健康に生きたいという願望を持っていますが、
不摂生を続ければ当然身体に異常が出てきます。

その異常が深刻であればあるほど「悩み」も大きくなるわけですが、
その「悩み」があるからこそ、何とかしよう、
不摂生をやめようということになりますよね。

日頃私たちが感じるあらゆる悩みも、
根本的には同じ事で、「悩み」自体が問題ではなく、
悩みに対してより良く自分の考えや行動を変えていけるか?
ということが問題となるのです。

『信心が篤くなるほどお試しがある。お試しがあるのはおかげである。』とあります。

「悩む」都度、自分が向上できるかが試されているわけですから、
実は人生の伸びしろが与えられている。

おかげを頂いているということになりますよね。

そう受け取ることができた時から、
悩みも「良いストレス」として、自分にとってさらにプラスに働いてくると思いますよ。

話す際に一番大切なことは?

人が最も関心のある話って何だと思いますか?

それは「自分自身」についての話です。話題が人であれ物であれ、
それが「自分自身」に関係するかどうかが、関心を引くポイントになります。

では私たちが普段、誰かに話す内容はどうでしょうか? 
挨拶はともかくとして、相手に関することよりも、
「自分自身」に関する何かを知ってもらったり、
してもらったりするための内容がほとんどになってしまいますよね。

要するに聞き手も話し手も、
「自分自身」に関する話ができればハッピーなわけですが、
実際問題なかなかそうはいきません。

生活の基礎となる衣・食・住に関してでさえ、
人の関心を引くポイントは様々です。

そのため、持ちつ持たれつで聞き合い話し合うことが、
人間関係を築く要となってきます。

そこで、自分が聞き手になった場合は自分の努力で済むのでまだいいのですが、
自分が話し手になった場合は、聞き手に努力してもらうことがどうしても必要になりますよね。

聞き手の努力を必要としない程の話上手な方は結構ですが、
私含め多少なりとも聞き手に努力してもらわなければならない人間にとって、
話す際に一番大切なことは、相手に感謝して話すことだと思います。

人に何か話す際、自分がこれから話すことは、
相手にとってはさほど関心が無いことかも知れません。

それでも話を聞いてもらうのですから、話す際には心の中で、
『聞いてもらってありがとう』と言ってみるのが大変効果的です。

『話してやってる』、『教えてやってる』
という傲慢さは聞き手にどうしても伝わってしまうものです。

同様に、話を聞いてもらっていることへの感謝の気持ちも聞き手に必ず伝わります。

話し方に関するテクニックは、学習と訓練によって獲得できるでしょう。

しかし、この感謝する心が無ければ、せっかくの素晴らしい話も、
聞き手にとっては有難迷惑に感じられるかも知れませんね.

感謝する心をつくるには?

お願い一遍、お礼十遍』という言葉があります。

夢や願いを持つことはとても大切ですが、
それが叶った際に、世話になった人や出来事に対して
「感謝する心」が無ければ物事は長続きしないものです。

逆に「感謝する心」があれば、
感謝したくなるような出来事が自然と起きてくるものです。

他人を傍から見ているとそのことがよく分かるのですが、
いざ自分が「感謝する心」を持とうとすると大変難しいものですよね。

では具体的に何故難しいかと言いますと、大きくは2つ原因があります。

一つは、「感謝」ではなく「取引」になってしまうことです。

 先に述べました通り、「感謝する心」が先にあって、
結果として感謝したくなるような出来事が起きてくるわけです。

この順番は大切ですね、まず自分の心が先にあるのです。

『結果によっては感謝もしない』となると、
もはや「感謝」ではなく「取引」ですね。

これではいつまでたっても「感謝する心」が先にくることがありませんよね。

もう一つは、感謝を「見つけるもの」ではなく、
「見つかるもの」だと勘違いしてしまうことです。

「感謝する心」は生まれながらもっているものではなく、
後天的に各個人が身に付けていくものです。

ですので、進んで「見つける」努力もせず、
感謝の念が湧いてくるのをただ待っている人というのは、
いつまでたっても恩知らずのままです。

だからと言って、何も不満を感じていることを
無理に感謝するということではありません。

物事には複数の側面があるものですし、
人にも長所短所というものがあります。

自分が心から感謝できることを見つけて、
そのことを感謝していくことが大切です。

まずは自分から、感謝できることを見つけていきましょう。

神様やご先祖様、両親、身近な人や物事に対して感謝できることを1つ、
2つと増やしていましょう。

地道ですが確実に物事が好転していく筈ですよ。

運命は変えられるか?

中国・明の時代に袁了凡という方がいました。
彼は少年時代にある人相見から、将来役人になること、
その役人試験の合格時期や出世時期、
また結婚時期や子供に恵まれないこと、
さらには寿命まで未来をきめ細かく占ってもらい、
全てがこの占い通りに人生が進んでいきました。

そのため彼はいつの間にか、
『人間の運命は変えることはできない』
と達観し、全てを運命に任せるようになりました。

そんな彼があるとき
出張先の南京で雲谷という偉い和尚さんに会いました。
雲谷は彼を見て、
『そなたは若いのに非常に落ち着いてらっしゃる。何処で修行なされたのですか?』
と尋ねたところ、
彼は、
『いいえ、ただ私は運命に従っているだけです』
と答え、幼い頃に出会った人相見のことを語りました。

すると雲谷は態度を急に改め、
『この愚か者め! それでは何のために生きておるのか分からないではないか。』
と切り捨てました。

びっくりした彼が訳を聞くと雲谷は次のように答えました。
『人間の運命が変わらないものなら、なんで釈迦や孔子が苦労したのか。
確かに人間には前世の行いによって運命というものが決められているが、
それは現世の努力で変えられるものだ。
自分の人生を創造的に生き、修行をしなさい。
善き事を想い善き事を為していくように心掛けなさい。
そうすれば必ず運命は変えられる』

それを聞いた彼は愕然として目覚め、
雲谷が諭したような生き方をし始めたところ、
かの人相見の占いが全て外れだしたのです。

このお道では
「信心を強くすれば、大厄は小厄に、小厄はお取り払いくださる。」
また、「信心は本心の玉を磨くものぞ」とあります。

本心の玉とは、神様から頂いた自分の心、良心。
分け御霊のことです。

神様に心を向け、謙虚にお道の教えに沿った生き方をし、
自分に与えられた心というものを我情我欲に汚れないように日々磨かせて頂く。

そうすれば運命は必ず良い方向に変わっていくというのが、
このお道の教えです。

私たちも袁了凡のように、
運命をも変えられるような信心を心掛けたいものですね。
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