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人を育てるには?

人を育てる方法は大きく分けて2つあると言われています。
1つは褒めて育てる方法、もう1つは叱って育てる方法。

いずれも最終的には相手に気付きを与え、
本人の成長を促す行為には違いないのですが、
そのアプローチは全く違いますよね。

名経営者と呼ばれる方々はよくこれを「アメとムチ」
と言って上手に使い分けられるそうですが、
私たちが周囲の人間にいざ実践しようとすると、
とても難しいということを思い知らされます。

特に「ムチ」を使う、叱るという行為は、
そもそも相手との間に相当な信頼関係が無ければ通用しません。

加えて、高い論理性が必要とされます。

叱っているつもりがついつい感情的になり、
相手の人格を否定するような結果になってしまうと、
育てるどころか人間関係自体が崩壊してしまいます。

逆に「アメ」を使う、褒めるという行為は叱ることに比べてはるかに簡単ですし、
論理性はなくとも相手に自信を持たせることができます。

人間、褒められて気を悪くすることはあまりないものですよね。 

唯一難しいのは、相手の長所を見つけるということです。
これは、人間には短所が多いからというよりは、
私たちが長所を見つけることに慣れていないために難しいのです。

今なお理想の教育者と呼ばれる吉田松陰は「褒める」名人であったそうです。

その特徴は相手の長所を見つけては、『天下一』などと言って、
もう相手が感動するぐらい、褒めちぎったところにあります。

彼は投獄された時でさえ、獄中の罪人たちの長所を褒めて『~先生』と呼び親しみ、
ついにはすべての罪人を先生としてしまいます。

すると、しだいにお互いが学び合い教え合い、
やがて門番さえも彼らの授業に加わるようになりました。

そして、いつの間にか、松陰を閉じこめた牢獄は、
日本史を変えるほどの塾に発展していくのです。

このように人は褒められることによって、自信がつき、
どんどん成長していく性質があります。

人を育てるには、難しい「叱る」方法の前に、
簡単な「褒める」方法からマスターしましょう。
そのために、相手の長所を見つけたら、
松陰のように褒めちぎってみることが大変良い訓練になりますよ

何故「目的」を持たねばならないのか?

中国にこんなお話があります。
ある高僧が旅の途中に石切り場を通りかかった際、
そこで働いていた3人の若者にそれぞれ
『何をしているのか?』と尋ねました。

1人目の若者は、『石を切っています』
とだけ答えました。

2人目の若者は、『ほかの仕事より割がいいから石切りをしています』
と答えました。

3人目の若者は、『後世に残る大聖堂をつくるために石切りをしています』
と答えました。

この訓話は目的を持つことの重要性を示しています。
3人とも同じ作業をしていますが、
3人目の若者は将来必ず親方となり目的を達成することでしょう。

目的を持つとは、この3人目の若者のように
最終到着地を決めて生きるということです。

よく似た言葉に目標というものがありますが、
目標とは目的を達成するためのひとつの通過点のことですので、
何事もまずは目的を持たなければ正しい目標も立てられません。

目的を持っていないがために、
精一杯働いて目標を達成し続けたにも関わらず、
気付けばもっと大切なものを犠牲にしてしまったという人が大勢います。

そうはならないために、
仕事であればその会社を退職する日を想像し、
会社の仲間からどのように思われて自分は去っていきたいか? 

どのような功績を残して去っていきたいか? 
ということを考えてみて下さい。

この人生でも同じことです。
この人生を通して人からどのように思われ、
どのような貢献をして去っていきたいか? 

そこであなたが描いたものが人生の目的となります。

ここで重要なのは、それぞれ描く最後の姿とは、
感動するようなハッピーエンドであるということです。

私たちの心は、「より快適に、より幸せに生きる」
ために働いています。

この心の働きと自分が立てた目的とが同じ方向に向かった際に、
心が活き活きとし運までも引き寄せるようになるのです。

心を働かせ、向かうべきハッピーエンドを実現するために、
まずは目的を持たなければならないわけですね。

人望を身に付けるには?

『あの人は頭が切れるが、人望が無いからダメだ』と言われ、
能力や才能があるにも関わらず人の上に立てない人間がいます。

一方で、『人望がある者は否応なく王にされる』
と孟子の言葉にあるように、能力や才能が劣っているにも関わらず、
人望があるが故に人の上に立つ人間がいます。

人との関わり合いの中で生きている私たちにとって、
この人望を身に付けられるかどうかは、
能力や才能よりはるかに重要なことは言うまでもありませんよね。

今日はこの人望をいかにして身に付けるかというお話ですが、
まず人望とはその人が積み上げた信頼の高さだと考えて下さい。

信頼を積み上げるには時間が掛かりますが、
一時的な人気とは全く異なるものです。

信頼が積み上げれば積み上げるほど、
自然と人から望まれて物事が運ぶようになる、
つまり人望が結果としてついてきます。

また信頼とはその人の人格に根ざしているものですので、
ちょっとやそっとじゃ、びくともしません。

逆に窮地に立たされた時こそ、より力を発揮するものです。

次に、信頼を積み上げる具体的な方法についてですが、
一番の方法はやはり正直であるということです。

正直であるというのは、嘘をつかないことや、
約束を守ることはもちろんですが、
もっと言うと、自分の良心に従って立てた約束事を、
誰に対しても一貫して守っていくということです。

仮にあなたが「人にケチをつけない」
という約束事を立てたのであれば、
その場にいる人に対してだけでなく、
その場にいない人に対してもケチをつけないことを
守っていくことが重要です。

そこまでして初めて、その場にいる人との間に信頼が積み上がっていくのです。

このお道では『信心は正直がもとである』と言います。

信心して日々心を改め、
自分に立てた約束事に正直でいるように心掛けていく。

そうすることによって周囲の人々との間に信頼が積み上がり、
自然と人望が身に付いていくのです。

人に「感動」を与えるには?

『人に感動を与えます!』
と言うと少し高飛車な言い方に聞こえるかも知れませんが、
この「感動を与える」という行為は
何もプロのエンターテイナーだけの専売特許ではありません。

そもそも人が感動する時とは、
与えられた印象や提供されたサービスが、
その人の当初の期待を超えた場合に生まれます。

言い換えれば、「感動を与える」には
相手の期待を超える何かを提供しないといけないわけです。

そして、人は感動を受けることによって
感動を与えてくれた相手を応援したくなり、
サービスであれば次も利用したくなるのです。

そう考えると、私たちの普段の生活はもちろん、
人間関係が存在する全ての仕事・役割において、
この「感動を与える」ことができるかどうかは、
その人間の価値を左右するといっても過言ではない程、
とても大切なことになりますね。

私たちが世の中で成功しよう、
より多くの人に良い影響を与えていこうとすると、
この相手の期待を超えるという、
「人に感動を与える」癖を身につけなくてはなりません。

ではこの癖、どうすれば身に付くと思いますか?

本日はとっておきの訓練方法をお話しします。
それは、名前を呼ばれた時に、
相手が気持ち良くなる返事を心掛けることです。

何故返事をすることが訓練になるかと言うと、
私たちが誰かに声を掛けるという行為が、
最も身近で頻繁に行われている、誰かに期待をかけることだからです。

例えば、どこかへ買い物に出かけたときのことを想像してみて下さい。

あなたは大切な人へのプレゼントを探しており、
近くの店員に声を掛けたとします。

その際、店員がよそ見をしながら返事をしたり、
聞こえないほどの小さい声で返事をしたりしたら、どう思いますか? 
この店員に任せても大丈夫かと心配になりますよね。

人に声を掛けるときというのは、
心のどこかでその人のやる気や誠意に少なからず期待するものです。

まずは、その声を聞くこと、姿勢や表情を見ることによって
満足感を与えられるような返事をすることから始めましょう。

人に「感動」を与えるという快感を身近なことから感じることが出来る筈ですよ。

「後悔」を「感謝」に変えるには?

「後悔先に立たず」とよく言いますが、
この「後悔する」という行為は私たちにとって、
先に立たず、つまり意味が無いばかりでなく、
実は不幸を招く大変危険な行為なのです。

なぜ後悔することが不幸を招くかというと、
後悔することによって、過去の体験を改めて自分の心に、
不快なイメージとして刻みつけ、居座らせてしまうためです。

私たちの心は、本来「より快適に、より幸せに生きる」ためにはたらいていますが、
それと一致しないような「不快」なイメージがあると、
そのはたらきが狂い、そのイメージに応じた結果を生み出してしまいます。

そうは言っても、やはり人間ですからよく失敗もしますし、
魔が差すこともあります。ですから後悔の念にかられてしまった際には、
その「不快」な心を「快」に変えてあげる必要があるのです。

そこで、心を「快」にするもっとも有効な方法の一つが、
「心を感謝で満たす」ということです。

後悔という、強い罪悪感や自己嫌悪を打ち消し、
感謝に変えていくためには、意識だけではなく、言葉の力を借りる必要があります。

私たちの意識をつくっているのは言葉ですから、
言葉を口にすることによって意識も変わっていくためです。

では具体的にどうような言葉を使えばよいかといいますと、
後悔してしまうような過去の出来事について、
『その出来事のせいで』という言葉を、
『その出来事のおかげで』という言葉に変換して話してみるということです。

歴史上の偉大な人物の自伝などを読めばそれがよく分かります。
彼らの物語には必ずと言っていいほど失敗談がでてきますが、
誰一人として『その失敗のせいで』という言葉は使いません。


全て『その失敗のおかげで』なのです。
それは後悔という「不快」なイメージではなく、
感謝という「快」なイメージとしてその出来事を解釈しているためです。

過去とは私たちの心にとっては、、あくまでひとつの解釈に過ぎません。
『~のおかげで』と口にすることによって、
後悔を感謝に変え、将来をも変えていけることを心にとめておいて下さいね。
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