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誰かの祈りの中で

『神に会おうと思えば、庭の外へ出て見よ。空が神、下が神。』

「神様を信じよ」と言われても信じるのは大変難しいことでしょう。
なぜ信じられないかと言えば、目には見えないものだからです。
目に見えないものは、いくら人から説明されてもやはり見えないものですから、疑えばキリがありません。

しかし、この世の実際は、目に見えないものが、目に見えるものを支えています。
美しく咲く花も、目には見えない地の下の根が咲かせているのです。
たとえ目には見えなくとも、私たちを助け、手を引いてくれる存在というのは、
実は私たちの周囲にたくさん在ると思うのです。

一つ例を挙げますと、このお道には「後ろ祈念」という言葉があります。
その名の通り、誰かの背中を祈らせて頂くこと。学校へ行く我が子、会社へ行く夫の後ろ姿に合掌し、
お礼を申して無事を願います。

合掌と言えば両手を合わせて頭を下げる。形の上ではただそれだけのことでありますが、
単に社交で頭を下げる低頭や、手を握り合う握手とは違い、
相手の地位や身分を尊敬するのではありません。

そこに神様を拝む心、有り難いと感じる心があってはじめて合掌となる。
人の背中に合掌するということも、相手の中におられる神様を拝むことに他なりません。

「どうぞ、あなたの中の神様がお働き下さり、今日一日、幸せに過ごせますように」
と念じて、両手を合わせる。それが合掌するということなのです。

そのようにして、人の背中に手を合わせることが出来るようになると、
だんだんと自分自身も有り難い心持ちになってまいります。

何が有り難いかと言いますと、自分も又同じように
誰かに祈られてここまで来たのだ、ということが分かってくる。
誰かの祈りの中で「生かされて生きている」ことが実感出来るようになる。
そのことが大変有り難いのです。

皆、誰かの祈りの中で生かされて生きている。
その祈りに気付いているか、いないかだけの違いなのです。

「幸せ」とは丸い円

心を丸い円に喩えたとき、「幸せ」とは、その円が満月のように真ん丸な状態を言います。
「円満」という言葉があるように、満ち足りていて不足がない状態を「幸せ」と言うのですね。
それに対して「不幸せ」とは、何かしら不足があるために心の円に穴が空いていて、
半月になったり三日月になったり、人によっては、かじられ尽した林檎のようになっている。 

では、そのように心の円に穴を空けている不足の正体とは何かと言いますと、
それは「自分の期待通りにならない」という思い。これに尽きる。
不幸せな人というのは、何かしら不足を言われるものですが、それらはすべて、
自分の期待通りに人、モノ、お金が動いてくれないというものであります。 

しかし、そのような自分の不足というものを一体誰が埋めてくれると言うのでしょうか。
結局は、自分でしか埋められないのです。
幸せになろうとしながら、人を当てにしては不足を言って、幸せになれない心の在り方になってしまっている。
これが「迷い」なのですね。

そうではなく、「人から何かしてもらおうと思わなくても、この自分自身の中に限りのないお恵みを頂いているのだ。
私の中から、どんなことでもしようという心が出てくれば、何だって出来る。無限に良いものを私は授かっているのだ!」
このことに気付かせて頂くことが信心であり、そこに至ってはじめて、
自分の不足というものが無くなる。穴が埋まって円満となり、幸せになれます。

『おかげ(幸せ)は和賀心にあり。和はやわらぐで、賀は祝賀の賀である』

「和」とは、二つのものが一緒になることですが、その「和」の精神が表された形が円です。
車輪が四角だったら、車は前進しません。丸いから前進できるのです。
人においても同じことで、心に輪を描けば、人生を生き生きと生きていけます。
人生で出逢う人・事柄を通して、角のない人間にならせていただきましょう。
和らぎ喜ぶ心、丸い円のような心にならせて頂きましょう。

一寸先は光

『喜べば喜びごとが喜んで、喜び連れて喜びに来る』

発句である「喜べば」というところが特に肝心です。

まず自分が喜ぶ、言い換えれば「感謝する心」が先にあって、

それによって喜びごとが喜び、お仲間さん達を引き連れて、自分のもとへやって来るというわけです。

私たちの「感謝」というのは、結果が良い時に感謝するのであって、

結果が悪ければ感謝しない、というのが通例であります。

しかし本当は感謝することが先にある。「感謝する心」が先にあって、

結果として感謝したくなるような出来事が起きてくるのです。

この順番は大切ですね。出来事の前に自分の心があるのです。

ですから、まず自分が感謝すること。感謝する稽古をさせていただくことが大切なのです。

よく「一寸先は闇」と言いますが、同時に「一寸先は光」でもある。光と闇とは紙一重ですから。

 天気を見ても明らかなように、すべて移り変わっていきます。苦しい運命も、やがては必ず好転していくのです。

ところが、すぐそこまで光が来ていることに気づかず、ずっと不幸が続くと思う人は、

自ら闇を引き込んで自分から離れないようにしてしまっているようなものです。

現実を変えることが出来なくても、悩みに対する心の持ち方を変えることはできます。

過去の出来事を捨て去ることはできなくても、とらえ直すことはできます。

「すべて恵まれてのことなのだから」と、神様から頂いた「ご縁」として有難く受け取る心を育てていきましょう。

そうすれば、どのような境遇に置かれても、人は幸せになれます。

幸せとは、今この瞬間、周囲の人や出来事に対して感謝できている心の状態を言います。

境遇は変えられなくても、生き方を変えることで人生の見え方が変わるのです。

有難く受け取ったその第一歩が、運命を大きく好転させていく。幸せな人生へと通じているのです。

生まれ変われる

『おかげを受けられるか受けられないかは、わが心にある。
 わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる。』


「男子三日会わざれば刮目して見よ」

人はいつだって生まれ変われる、たった三日の間にも見違えるほどに進歩することが出来る。

三国史に登場する武将、呂蒙(りょもう)の言葉です。

人間、ある程度の年齢になれば、自分の弱さや悪い癖というのが自分自身でもよく分かってくるものです。

しかし、分かったところでそれらを正すことは大変難しいことですから、

いつも同じようなところで人生に躓き、傷つき、「これも私の運命ですから…」

と諦めてしまう人が大変多いように思います。

しかし、本来、「運命」というのはそんなものではありません。

「運」とは動くということ。「命」とは人生。つまり、私たちの人生というのが

動いてやまざるものであるがゆえに、「運命」というのです。

白と黒、善と悪の間に人間がある。そして、そのどちらにもいくことが出来るのです。

何らかの縁で上に昇ることもできれば、下に落ちることにもなる。

あらゆる悪も人間から出てきますが、同時にあらゆる善も人間から出てくるのです。

そのように、人間というのは何か一定の塊としてあるのではなく、

その時々の場や関係次第で色々な動きをするものであり、

自ら背負った運命を明るい方向へも暗い方向へも変え得る力を持っているのです。

それだけに難しい問題も多々あるわけですが、運命を明るい方向へ展開してこそ生まれた甲斐があるというものです。 

心というものは、神様という発信機と、私たち一人ひとりの命という受信機との周波数を合わせる、言わばダイヤルなのです。

そして、感謝や歓喜の情とは、感謝と歓喜に満ちた運命を映すチャンネルであります。

感謝や歓喜のチャンネルに合わせた言葉、生活を送らせて下さいと祈りながら道を歩めば、

人はいつだって生まれ変われる。そう、幸せになれるのです。

たらいの水

世界的ロングセラーであり、自己啓発書の元祖とも称されるデール・カーネギー著『人を動かす』の冒頭には、

「人を説得しようとすることは無駄である」と書かれています。

「人を動かす」というからには、議論を上手く進めて人を説得するのだろうと思いきや、まったく違うのです。

それどころか、人との議論は出来る限り避けよ、と教えています。

何故なら、議論をしても結局、お互いがますます「自分の意見が正しい」と思い込んで終わるだけだからだ、と。

「たとえ議論に勝ったとしても、相手の意見は決して変わることはない。」

これが長年人間について研究を重ねたカーネギーの結論だったのです。

では、どうすれば人を動かすことが出来るというのでしょうか?

カーネギーはその方法は唯一つしかないと断言します。

それは、「相手の欲しがっているものを与える」ことだと。

そして、相手が欲しがっているものとは、理解と感謝なのだと。

人を説得するのではなく、まず相手を理解し感謝の心で接する。

つまり、求めるのではなく、与えることに注力する。

それがカーネギーの発見した「人を動かす」秘訣だったのです。

お道の教えにも、このようにあります。

『おかげ(幸せ)はたらいの水である。向こうへやろうとすれば、こちらへ来る。

 こちらへ取ろうとすれば、向こうへ行く。』

たらいの水を、向こうへやろうとするか、こちらへ取ろうとするか。そこに幸せと不幸せの分かれ目があるのです。

自分の幸せばかり追い求めても、与えることなし に真の幸せは得られません。

相手にこちらの期待通りに動いてもらおうと思うのではなく、むしろこちらから相手の期待通りに動きたいと願うこと。

それが信心であります。

たらいの水を向こうへやろうとするように、「まず自分から与えよう」とする心を忘れてはなりません。
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